ふと、こんな記事を日曜日の夜に見つけたでござる。
小冊子は1千部作成。15日から東松山市大岡市民活動センター(電話0493・39・0602)の窓口で一人一冊配布、なくなり次第終了。
大変だ!すぐになくなってしまうでござる。と言う事で、月曜日に起きてから、しっかりと歯を磨き。瞑想をして、お風呂に入り、スマホゲームをして、さー!そろそろ行くか。と言う事で行ったきたよ。大岡コミュニティセンター。
行く度に思う。大岡コミュニティセンターって外観がいかれてるよね。館内にあったナイメーヘンの絵が綺麗でした。
Contents
『鎌倉幕府成立の立役者 比企一族を訪ねて!』に掲載をされているスポット
すでに行った所もあれば、行っていない所もあったりですかね。
今年の大河ドラマは渋沢栄一と言う事で、だんべが語尾に付いていて、埼玉県南辺りの埼玉都民には期待していたけれど、取っ掛かり辛い部分がありますが、東松山辺りでは、だんべを語尾につけている爺さん婆さんなんて、そこら辺にいるだんべ。
で、来年の2022年の大河ドラマは、『鎌倉殿の13人』と言う事で、比企一族が俄にクローズアップをされていますね。
『雷電山古墳』、『大雷神社』、この辺り、ちょっと行ってみたいですね。
これにも、ちょっと書いてあったんですよね。超絶マニアックな本なのですが、長谷部氏。良く書いておいてくれました。どうでも良いんだけれども、とおりゃんせの歌の意味が今でも分からない。みたいな事が書かれているのですが、これ、川越の三芳野神社の話じゃないの?
その外のイベント
あれ?ウオーキングに関しては終わるな!そもそも平日だし。でも、ネイチャーについては土曜日だから、行きたい人は行くのが宜しいかと思います。その他のマニアックな本
まだ、読んでいないのですが楽しみですね。伝説があったんだ。しかも、上下巻になる位にあったんだ。と言うのが率直な感想なのですが、チラッと見たら、河童と言う漢字が出ていました。今から読むのが楽しみですね。正代関のご先祖様の話
相撲はね。正直、何の興味もないのですが、正代関が云々みたいな話が出て?あれ?もしかして、何か東松山の正代と縁があるのかな?と思ったら、大有りらしくて、元々は東松山の正代出身の一族らしいですね。市民病院の前の寿司屋にも正代関が来てくれて写真を撮ったりとかしてくれていますよね。
で、これです。
物凄く、ざっくりと言うと武蔵七党の1つ、児玉党が自称藤原を名乗っていたのですが、坂戸を治めるようになると、入西を名乗り、入西資行の次男が小代を名乗り始める。そして鎌倉時代に地頭補任として、肥後国になって、一族の大部分が移動。元寇でも頑張ったみたいです。
戦国時代には大友と大内の対決で、大友につく。と言うナイスジャッジを下すのですが、大友が島津にぼこられてから弱くなって、龍造寺に降伏して龍造寺につくけれども、今度は龍造寺が島津にぼこられて島津の配下に。そして豊臣秀吉に負けて、まさかの怒濤の三連敗。その後は加藤清正配下で朝鮮出兵でも、鉄砲組みとして頑張って、その後の細川でも鉄砲組みとして残って、生き抜いた。そして正代関が、うっちゃりを決める現代に至る訳ですね。
なお、漢字の正代に途中で変わった模様。この辺りは冊子を読んでも、良く分かりませんでした。
水谷千重子、来る!
南こうせつ以来のビッグネームだぜ!プラモデルを2021年から作り始めて、現在70個超え。ちょろっとプラモデルの記事を書きたいと思っております。
大岡コミュニティセンターに、うっかりと歩いて行ったら、死ぬ程、面倒だったのですが、あのベルクの所。森林公園に向かう道でさ、庚申塚があったのですが、享保9年って書いてあったよ。凄いよね。平賀源内が、まだ生まれる前だぜ。歩いて行ったから見落とさないで、見つける事が出来たよね。
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