虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術に掛かった費用などを坊ちゃんと振り返る

坊ちゃん、お腹が痛いよ!

坊ちゃん、お腹が痛いよ!

おっさん事、坊ちゃんです!そろそろ死んだかな?と思った人もいるかもしれませんが、残念!まだ生きています。今回は虫垂炎、いわゆる盲腸。と言う病気で救急車を呼ぶ自体になったり、色々とあったのですが、入院も含めてトータル的な事が書かれている記事があまりなかったので、坊ちゃんが書ききます。

料金については、項目でも書きますが、概ねマックスだと思っておいて貰いたいのですが、法改正とかで変わる可能性があるので、その辺りはあくまでも目安だと思ってね!おっぱいくれないと死んじゃうぞ!と言う事で、千と千尋の曲でも聞きながら読んでね。

痛みの経緯

ここは概ねの記憶とざっくりとした時間帯で表示の箇条書きになります。

  • 夜8時に山田うどんで食事。その後、1時間散歩をして9時半には自宅で風呂も浴びる。
  • 夜10時に寝付けが悪くなっていたので、普段は飲まない缶ビールを飲む。
  • 深夜0時、すでにお腹に違和感があるも、痛い。
    と言う程ではないので、寝るか!と言う事で布団へ。
  • 深夜2時。お腹が痛い。下痢かな?トイレに行き、軽く下痢。出てもすっきりとしない。
    やっぱりお腹が痛い。
  • 深夜3時。痛くて眠れない。救急車が頭をよぎり始める。
  • 深夜4時から6時。ゲロをはく。猛烈な寒気も繰り返し訪れる。
    猛烈な寒気→毛布を体にくるませて大量の発汗。
  • 明け方6時から8時。トイレの前で下痢とゲロを繰り返す。寒い。寒い。寒い。
    これは救急車じゃないか?と自分の中で本格的な検討を開始。
    取りあえず、胃も空になったんじゃないか?位に吐き終える。
    水を飲めば落ち着くかかな?と思って水を飲むも、飲んだ分だけ5分ぐらいしてゲロになるを3回ぐらい繰り返す。

救急車を呼ぶ事を決断。症状・住所を伝えて玄関前まで這いつくばって待機。遠くから近づいてくる救急車のサイレンに精神的な安堵感を味わう。

ここでのチェックポイント!

持病がある方、薬を服用をしている方は、薬手帳を持ちましょう。財布に保険証がある方は財布。連絡手段として携帯。同居人がいる場合には、取りに行かせれば良いのですが、パンツなどの下着と時期によって寒暖差がある場合もありますので、少し寒いケースを想定した衣類も用意をしておいた方が良いかもしれません。

東松山市民病院で悶絶

寒いよ!お腹痛いよ!

寒いよ!お腹痛いよ!

救急隊員に、もう大丈夫ですよ!と言われたり、呼吸方を教えて貰ったり、とにかく救急車の隊員には感謝でした。パニックと言う事はなかったのですが、辛い!と感じている時に、大丈夫ですよ!と言われると、少し安心します。

東松山市民の坊ちゃん。まずは市民病院に連れていかれました。

寒い!お腹痛い!を繰り返しているのですが、取りあえず痛み止めの点滴を受けて、寒気を取るらしい点滴も受けたのですが、1時間が経過をしても、全く寒気も痛みも取れませんでした。

レントゲン写真なんかも連れ回されて撮影をしたのですが、原因と思われる処置をしているものの、市民病院としては改善をされないので、お手上げ。と言う事で、どうしますか?と聞かれました。

どうしますか?と言うのはどう言う事ですか?と聞くと、ここに居ても、これ以上の治療は出来ません。自宅に帰るか、このまま現在の治療をするか、救急車で川越の病院に行くか、どれかです。

・・・・川越の病院。

分かりました。じゃあ、救急車を手配します。

これね、後で書きますが、自分としてはマジでクソ対応でした。ちなみに点滴で体に水分が行き渡ったみたいで、ゲロ吐きました。痛い!と言おうがオシッコしたいからトイレに連れて行って!と何を言っても、周りの看護師、ガン無視されたのですが、ゲロ吐いたら、すげー人数が飛んできました。今回のゲロを吐いた時、必ずではないのですが、まずは、しゃっくりが突然数回起こり、3回ぐらいしてからゲロを吐く。と言のが自分の中のパターンでした。

川越医療総合センターに転院だ!

再び救急車に運ばれます。外に少し出たら、日差しが強くなっていました。後で情報を大まかに整理をした所、8時半頃に東松山市民病院に到着をして出たのは12時半位だったらしいです。

昼の1時ぐらいに到着ですかね?

また、レントゲン写真やら何やら、全部最初からやり直し。相変わらず寒く、胃も痛過ぎる。痛み止めの点滴も多少は効いているとは思いますので、少しは和らいでいるのですが、我慢出来るレベルまでは落とし込めないで、ずっと痛い。

CTスキャンですかね?何だかお腹周りが暖かくなった瞬間だけ、痛みが取れたので、熱い手ぬぐいをお腹に当てて下さい。と懇願をして、おばちゃんの看護師さんが、2つ手ぬぐいをお腹に当ててくれました。

この頃から、もう自分でも体力の限界を感じ始めて、聞かれるまで何も答えない。省エネモードに切り替えました。結果、目が死に始めて、一点を見つめ始めたので、坊ちゃん!意識ありますか?ここがどこだか分かっていますか?と言う事を三回ぐらい聞かれました。

原因判明!虫垂炎、いわゆる盲腸です。だって

いわゆる盲腸です!

いわゆる盲腸です!

外科と内科の先生がダブルで診察をしていたのですが、外科の先生。と言う方が来て、写真を見た限りでは、虫垂炎。いわゆる盲腸です。結石が二つ、虫垂に入ってしまっていて、薬では散らせません。

どうしますか?手術を希望されるのであれば、入院と言う事になりますが、宜しいですか?

よっしゃー!!!!原因判明!ここの病院、大当たり!と言う事で、手術お願いします。すぐにお願いします!と懇願。

ドクター、空いていたらね。と言う事で空いているかどうか確認をしてきます。と言う事で1時間も掛かっていないのかな?とにかく、ちょっと時間が経過をしてからドクターがまた来てくれて、今日、手術出来ます。と言う事で、一旦病室に連れていかれました。

良かった。本当に良かった。つーか、この病院、1年前に入院をして、厳密には、まだ1年も経過をしていないのに、また俺、入院するのかよ?と思いながらも取りあえず、相変わらず寒気と痛みが取れないけれども、地獄の悶絶時間に終わりが見えてきました。

相変わらずの省エネモードに入っているので、表情とかには特に出していなかったと思いますが、テンション爆上げ。

手術までの間、全身麻酔をかける為のリスクの説明や同意書にサイン。

人生始めての全身麻酔にテンション爆上げ状態に突入。手術が始まれば、もう後は先生に完全にバトンタッチをさせて頂きますので、俺が頑張るのは、そこまでだ!と言い聞かせて、なるべく痛い!とか言わないようにしていたのですが、多分言ってました。同じ病室の人、ごめんな!

ちなみに病室ではないと思います。診察室かな?取りあえず、この病院でも吐いています。完全に点滴の水分なので、リポビタンDですか?と思える位の黄色のサラサラのゲロを吐いていて、自分でも軽くびびる。

さー手術だぞ

手術前に目が死に始めた坊ちゃん

手術前に目が死に始めた坊ちゃん

18時だか、19時から手術だったみたいです。細かく時計などは、当然ながら、その時には見ていません。ドクターの口頭での説明を受けて、そんな記憶があります。

看護師さんが来て、これから手術になりますので、移動をしますねー。と言う事でベッドで運ばれていきます。

さー!人生初めての手術!苦痛からの解放!全身麻酔でトリップ!もうこの件で、俺はこれ以上頑張らなくて良い!後は任せたぜドクター!と言う事で手術室に向かって運ばれたのですが、手術室の待合室ですかね?ここまで一切触れていませんが、しょうがねーから、途中で親を呼んでいましてね、親が待機をしていて、頑張れよ!と言われたのですが、ここまでの12時間、すでに頑張っているので、もう頑張るつもりなんてねーよ、バカ!と心の中で思っていました。

これね、発症して3時間とかで、さー!即手術だ!とかであれば、頑張れよ!とか言われても、まだ体力も残っているので、おう!位に思えるのですが、ゲロを吐き初めて12時間。通算で10回位、すでに吐いているので、もう頑張れないよ。

と言う事で、親族が盲腸で手術となりましたら、発症をしてから、どれ位の時間が経過をしているか?を頭に入れつつかける言葉を選びましょう。

全身麻酔でトリップ

担架で運ばれているので、手術室の全体像が全然分からない感じでしたが、何だかキラキラしている感じの部屋でした。

あー、ようやく痛みから解放をされるはず。それに全身麻酔で意識が消えてくれるんだ。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい!と歓喜の瞬間が訪れようとしていて、最高にテンションが上がりました。だって気がついたら、全てが終わっているんなんて、最高じゃないですか?もう、何だったら、最初の時点で全身麻酔をかけて、CTスキャンして、原因は盲腸でしたので、手術をしておきました。とかだったら、もっと最高でしたよね。

で、本日のメインの執刀医らしきドクターが登場。以下、助手さん?とドクターの会話。

助手さん:あ!宜しくお願い致します。
執刀医:宜しくお願い致します。
助手さん:ご飯、食べました?
執刀医:いや、まだですけど。
助手さん:食べてきて下さいよ。
坊ちゃんの心の声:(え?今から?嘘でしょう?)

手術台の上に置かれた状態で、執刀医のドクターが飯を食いに行ってしまう。みたいな会話を繰り広げられていて、坊ちゃん、ドキドキしちゃいました。

そりゃ、相手は皆さん、プロですからね。仕事でも、多少の事は言っていても、別段良いと思いますが、まさか?俺を台に置いて、じゃあ、すみません!ちょっとご飯食べてきます。とか、なるの?とか、すげー、ドキドキしたよ。結局、行かなかったみたいですけどね。

そんなドキドキを坊ちゃんが感じている事は露知らず、麻酔担当?の方が視界に入ってきて、シュコーシュコーシュコーとか音がする呼吸器を口にはめてくれましてね、はい、良いですか?全身麻酔をかけたら、眠ってしまいますからね。起きたら、全部終わっていますからね。安心して下さいね。と声をかけてきてくれて、宜しくお願い致します。とか、そんな事をちょっとやり取りをして、はい、じゃあ、全身麻酔かけます。と言われて、3秒ぐらいですかね?パツン!と意識が切れました。

最高にエキサイティングな瞬間でしたね。

本当に気がついたら、何となく見覚えがある部屋にいました。あー、そう言えば手術室に向かう前、こんな病室だったかな?そうそう角部屋でね、窓が見えるんだ。

あ!!!

て事は!手術終わった!

そう言えば!痛くない!痛くない!やったー!ちょっと麻酔が切れかけてるのか、軽くちくちくするけれども、手術前の地獄のような胃の痛さが消えてる!すげー!手術すげー!とテンションマックス!

なんか、ベッドの枕元の脇に、スマホが置いてあって、勿論俺のなんですが、時間を見たら水曜日の4時。月曜深夜から始まった違和感。そして火曜日から始まった激痛との戦いが終わった!と言う事を頭で理解出来た瞬間でしたね。

手術前に、なんかヘーゲルとグレーテルとか言っていたけれど、これか。と言う事で、正確にはカテーテルになるのですが、管が坊ちゃんの棒ちゃんに付き刺さっていたみたいなのですが、確認をしてみたくて、ナースコール。

坊ちゃん:オシッコしたい。
ナースちゃん:管が直接膀胱に繋がっていて、自動的に出ています。
坊ちゃん:オムツしている感触です。
ナースちゃん:はい。していますよ。
坊ちゃん:ウンチしたくなったら、どうなるの?
ナースちゃん:そのままで。
坊ちゃん:管はいつ取れるの?
ナースちゃん:早ければ明日の昼を食べてから、先生が来ますので、その時に。
坊ちゃん:分かりました。ありがとうございます。

と言う事で、虫垂炎、いわゆる盲腸の術後の痛みとして、カテーテルも上げる事があると思いますが、個人的には、全然大した事がなかったです。

抜く時に痛みを感じる事がある人もいるらしいのですが、個人的には、オシッコが出ている感じで、横に若いナースちゃんがいて、管を抜いて、あれ?ご褒美かな?位の気持ちでした。

手術前に感じていた痛みと、オシッコしたい!と言っているのに、誰も何も言ってくれなかった東松山市民病院の時に味わった心の傷に比べたら、カテーテルなんて、ゴミカスレベルでしたね。

30台後半。性癖的には変態と言われる訳ですが、そっち方面は特にないのですが、せっかくですから、バビ・バビ・バビ・ブ・ビバ・ビバ・ビー!と歌でも歌っておきましょう。

うーんち漏らしちゃ、あかんびー!

復活の坊ちゃん

術後翌日から坊ちゃん、起動

術後翌日から坊ちゃん、起動

水曜日。昼飯まで、ウンチも出る事がなく、きざみの料理で、クソ不味い。そして食欲もないので、半分位は残してしまうも、先生が来て、はい、オッケーですね。と言う事で、管も抜いて貰いました。

さー。痛みも大して感じないし、自分でトイレ行ってみますわ!と言う事で、坊ちゃん、活動再開です。

今日は水曜日か。週間少年マガジン買ってこよう!と言う事で、病院のコンビニまで点滴を持って移動開始。マガジンでdaysと一歩を読み終えるとゴミ箱へ。

夜もまだお粥で、美味しくないの。その後の朝食もお粥。お願いだから、固いご飯をちょうだい!と懇願。そうしたら昼から固いご飯になっていました。

木曜日は週間文春の発売日!俺が身悶えている間に、河井夫婦が逮捕されただ何だで、色々と動きがあったらしいです。河井の旦那の方も、これまでの自民党の割とビッグネームの中では疑惑が出た瞬間に大臣を辞任したので、自民党のビッグネームの中では割と潔の良い方だな。甘利のカスとか比べると段違いだぜ。と思った時期もあったのですが、そこからが長かったですね。疑惑で大臣を辞任したんだから、はい!やりました!と認めているのかな?と思っていたら、いや、俺はやってねーよ。と言い張っていて、すげーよな。

文春のバックはCIA。新潮のバックは警視庁公安部。なんて言われていますが、節子!それが本当なら、どっちもCIAや!と言いたくなるのですが、どうせなら読み比べてみようじゃないか?と言う事で両方を購入。

結論。週間新潮の方が、ちょっとエロイ。

その後は、東スポや夕刊ゲンダイ。週間ポストや週間現代など、普段はそうそう買わない雑誌を買い込んでは、ベッドの上で熟読。タイミングもあるかと思いますが、週間ポストが一番エロイ。そうはと言っても棒ちゃんが反応をするほどのレベルではないので、そこん所、宜しく。

坊ちゃんの術後から退院までの過ごし方

手術から目覚めた坊ちゃん

手術から目覚めた坊ちゃん

今回の手術は切開ではなく、穴を開けるタイプの手術でした。その為、術後翌日でも、元々の体力がある人であれば、動けるはずです。

火曜日に手術も込みで入院。結論としては日曜日の朝に退院となったのですが、先生が言うには、帰りたかったら、土曜日に帰しますけど、どうしますか?と言う話にもなった位です。保険の兼ね合いもありまして、一応は様子を見る為に、当初の予定通りで。と言う事で日曜日に退院にして頂きました。

病院の食事になりますので、量はやはり少ないです。人によっては物足りないので、空腹感を抑える為に、何か本を読んだり、何かに時間を当てて、忘れるようにした方が良いと思います。

坊ちゃんは当たり前のように、ローソンでパンを買って、勝手に食べていたのですが、皆は真似をしないようにね!

川越医療総合センターの皆様へ!

川越医療総合センターの皆様へ!感謝です!

川越医療総合センターの皆様へ!感謝です!

川越医療総合センターの方、二回目の入院になりましたが、前回は点滴を打つだけで、全く持って大した事がありませんでしたし、こちらも準備をして行ったのですが、今回は救急搬送。と言う事になりまして、パジャマだったり、前回の入院では利用をしなかったシャワーの使い方とか、色々と教えてくれてありがとうございました。

また、東松山市民病院と比較をすると、圧倒的に緊急の場面で動いている方が親切でした。変な言い方になるのですが、原因なんてのーはですね、患者には分からないんですよ。医者サイドとしては、それを探る為に、どうしても色々と聞かないといけないのは分かるのですが、色々と質問をしてこられると、こちらもしんどいんです。

市民病院では聞くだけの係がいて、なんて言うか、大丈夫ですよ。とメンタルを支えてくれる人が誰もいなかった。お互いがギリギリの状態で戦っているのですが、こちら側から見たら、どうしようもなく困ったから救急車を呼んでまできたのに、何で誰も俺を見てくれていないの?俺はまだ安心していないんだよ?分かっているの?と言う気持ちになりましたね。

結果を出してくれれば、何も言わないのです。医者サイドの人間ではないから、何とも言えないのですが、レントゲン写真まで撮影をしておいて、盲腸って見落とすものなの?で、盲腸だったんだけど、帰りますか?とか、どう言う事なの?詳しい期間とか知らないけれど、盲腸だけだったら、大した事はない。と言う話は良く聞きますが、破裂したらヤバイんでしょう?

家に帰って、様子見。なんて事をしていたら、どうなっていたんだろう?と考えるとゾッとするよね。

で、私が一番クソむかついたのが、川越医療総合センターへ転院する為に、看護師さんと救急車の隊員の会話が聞こえていましてね。

血圧は普通の範囲内です。調べた限り、何もありませんので、気のせいとか、さ、、(詐病って言おうとした?)まー、患者さんが言うには違うみたいなんですよね。とか言ってくれてるの。

一連の点滴を打ったから、もうやる事ねーわ。みたいな感じで、放置に入ってから、オシッコも連れて行って貰えなくなって、挙げ句の果てに、気のせいだと思うよ。みたいな言い方をされて、流石に家が近いから。と言う事で、医師会病院と市民病院の戦いで、市民病院に肩を持ってきたつもりでしたが、もう激怒したよね。

次、もしも何かあったら、救急車の隊員には、市民病院は辞めて!と伝えます。川越医療総合センターでお願いします!と東松山市民の方には伝えるように、お勧めします。元々私も東松山市民になりますので、評判が悪いのは知っていたのですが、体験した限り、クソでした。

上でも書いているのですが、暖かいタオルをお腹に置いて下さい。と言ったら、対応をしてくれた、看護師さん!マジで感謝です!嬉しくて涙が出そうになりました。恐らく、治療としての効果は皆無になるかと思いますし、暖かいのをお腹にのっけて、意識を分散させているだけの話なんだと思いますが、話を聞いてくれている人がいる。と言う事が実感を出来た瞬間でした。

川越医療総合センターの皆さん、本当にありがとうございました!坊ちゃんが、また盲腸になったら、お願いします!

入院中の過ごし方

入院中の過ごし方

入院中の過ごし方

テレビを見たり、雑誌を読んだり。と言う事しか、する事はないです。差し入れを持っていくのであれば、好みそうなジャンルの話題の本とかであれば、時間をつぶせて良いのではないでしょうか?

胃腸の動きをしっかりとさせる為に、動けるならば、動いて下さい。と言われたので、少しブラブラしたりしたのですが、亡くなってから盲腸の辺りに違和感を感じまくりました。ちょっと痛い感じで。

端的に言えば、切除をして剥がしたから。と言うのが答えになるのですが、長年、一緒に過ごしてきた盲ちゃんがいなくなって、俺はここにいたよ!と伝えてくれているんだ。と好意的に解釈をしておきました。

本を読んだり、テレビを見たり。と上記で書いておりますが、長年連れ添った盲ちゃんと過ごした時間を振り返ってみるのが一番良いかもしれません。ちなみに、画像とレントゲン写真を入手したら公開をさせて頂きたいと思いますが、当たり前ですが、グロかったです。

入院中の食事

入院中の食事はこんな感じ

入院中の食事はこんな感じ

まー、悪くはないですよ。この辺りは病院次第です。別枠ですが足りないカロリーは自分の判断の元、適宜補給をさせて頂きましたが、良い子は絶対にダメだからな!

最初のきざみ以外は、全部完食をさせて頂きました。

これ、下に掲載をしていますが、同じように保険に加入をしている方であったり、別にここで金儲けをしよう。と考えていない人であれば、病院食のレベルアップを申請するのも、一つのストレス解消としては全然ありだと思います。

追加で500円位で食事のグレードがワンランク上がりますからね。盲腸の場合には、大腸?の話になりまして、言っても胃の話のではありません。流石に術後の翌日には、コーラとかコーヒーとか刺激系のは辞めておいてね。とナースに言われたのですが、俺だって、そこまで攻めないよ。と伝えたら、そうですか?攻めそうですよ。と言われました。

術後2日目からは、コーヒーもコーラも解禁。コーラ!うめー!

これが虫垂炎(盲腸)で手術と入院をした時の金額だ!

はい!虫垂炎の手術入院に掛かった費用がこちらです!

はい!虫垂炎の手術入院に掛かった費用がこちらです!

はい!どーん!20万をちょっと超えました。が!ちょっと待ってね。いわゆる入院費用に係るコストのマックスになっていると思います。

おい、こいつ金持ちなんだな。と勘違いをしないで頂きたいのですが、私は自営業で、こうした入院した時のマックス費用を抑える為の届出。とか出していないんですよ。なので、きちんと手続きとかをしておけば、もっと安かったと思います。

サラリーマンの方であれば、自動的にそうした処理が会社の方で行われている可能性は高い。と自営業の私は勝手に思っているのですが、その辺りには、申し訳ないのですが、私には分かりません。ただ、基本的には、これがマックス近辺だと考えておいて大丈夫だと思います。

もちろん、法律改正などで負担率アップだったり、個室を使ったり、私のケースでは6日になりますが、もう少し長くなったりしたら、その分として幅が出ると思います。

今回、私が思ったのは、体の健康の有り難さ。とかではありません。盲腸なんて、なっている時は死ぬほど痛いのですが、普段の不摂生とか、あんまり関係のないロシアンルーレット的な病気でして、主に若年層が多いけれども、何歳でも、いつ発生をするか?分からない病気になります。

なので、一番思ったのは、保険に入っていて良かった!と言う点で、幸い二つに入っていたので、上記で書いている金額は超える予定です。

頭の中での皮算用では10万から15万円。と読んでいたのですが、保険で入るであろう金額を丼勘定で計算をすると20万円は固い。となりましたので、金の事が頭をちらつく事は、すぐに無くなりましたね。

ここで20万円で人生が奈良の底に落ちる。と言う事はないのですが、誰でもやはり頭を大なり小なりかすめると思いますが、入っていた保険でカバーされる予定の金額を知れば、一瞬で消えます。さーて、コンビニで何を買おうかな?と思えるようになって精神的に楽になります。

一般的所得の方であれば、10万円15万円前後を想定しておけば良いのかな?と思います。ちなみに最低所得のカテゴリーの場合には、3万5000円位だったと思います。一般的な所得の方であれば、余程のパンクな生き方をしていなければ、10万円から15万円が払えない。と言う事もないと思いますので、そんなに心配をしなくても大丈夫でしょう。

保険で返ってきたお金!

現在、申請中。丼勘定で甘めに計算をしても、上記で掛かった費用の回収は可能と考えています。県民共済と簡保になるのですが、簡保の方は申請書類を揃えるのに、病院で書類を書いて貰う必要があり、これが時間が掛かります。申請をしてから審査開始になりますので、まだ終わっていません。

県民共済・簡保、両方とも揃ったら、追記をさせて頂きます。

実際に下りる金額が変動をする可能性がありますので、具体的な金額については振り込まれてから。と言う形にしたいのですが、下りる金額は同額予定ですが、普段支払っている金額を考慮すると、やっぱりすげーぞ!県民共済!と言う予定です。

早い!簡単!凄いぞ!県民共済!

入院費用9万円・手術費用7.5万円

県民共済からの払込通知

県民共済からの払込通知

県民共済(38才のおっさん、月額2500円コース)でしたが、入院中に用紙は取り寄せて貰っていました。

必要書類は退院の時に病院から受け取る料金明細書と治療の明細書のコピー。後は簡単な名前とかを記載する書類だけで終わりました。はっきりと言えば、簡単、そして早くに振り込みにも対応をしてくれました。上の画像については、振り込み通知になるのですが、写していない左側に相互扶助云々で良い!と思ったら、周りの人にも勧めてね!

とか書かれていたのですが、これは間違いなく素晴らしいスピード対応でしたね。凄いぞ!県民共済!県民共済!万歳!皆も入った方が良いぞ!

埼玉県民共済の公式サイトはこちらから!

郵便局の生命保険

簡保(長生きくんとか言うので、大体月額13000円)
入院費用9万円・手術費用7.5万円(予定)

合わせて33万円を予定。満額貰えたら、やったぜ!となりますね。

※簡保は申請書類を病院に作成を頼む費用として一定期間と6000円が必要と言う話です。

備えておくべきもの

心構えですね。いざと言う時の為に薬の服用をしている方は、薬手帳をすぐに取り出せる位置に配置をしておきましょう。財布やスマホなどの連絡手段については、各自でいつものポジションがあると思います。

後は手術に備えて、少し緩めのズボンを一着、何となく持っておいて、使いふるしている感じの少しくたびれた下着とかシャツも、使う予定がないカバンがありましたら、入れておいた方が良いかもしれません。勿論、部屋の片隅辺りにポツンと置いておいた方が良いかもしれません。これは一人暮らし向けの話になるのですが、そこまでは難しいかもしれませんが、それが理想です。

せいぜい2日分があれば、入院出来る規模の病院であれば、コインランドリーがありますので、日数分の用意は必要ありません。シャンプー関係についても、基本的には受け入れ可能な病院であれば、販売をされているケースがほとんどだと思います。

なので、いざ!と言う時には金です。ゲスな言い方ですけどね。

今回、自分が持っていったもので、一番役に立ったのは薬手帳。これは間違いないですね。必ず常用をしている薬はありますか?と聞かれます。医療現場の方も、冷静に考えて貰いたいのですが、薬の名前までは素人は覚えません。私の場合には6種類の薬を常用しているのですが、全部カタカナで覚えている訳ねーだろう。と言う話で、薬の話を出されたら、薬手帳を持ってきているから、見て!と言えば、済みました。ただし、薬手帳を持ってきているから、それを見て!と言う発言自体は10回位はしたと思います。

見ていた感じで言えば、緊急になると内科外科のチームが出来るのですが、情報共有の面が別にないみたいで、各科の担当者が代わりばんこで聞いてくる。みたいな感じで、結果的に、お前!さっきも言っただろ!みたいな形になりました。患者側から見たらね。

入院をしたら、サンダルみたいなのが脱いだり履いたりするのに便利だね。とかはあるのですが、そんなのも販売をされていますよ。入院をしている本人であれば、どうしたって揃えられない物もあります。例えば冬場で部屋は暖かいけれども、退院する時にはコートが必要な位に寒い。でも、コートは流石に販売をされていません。でも、そこまでを用意をしておくのは、無理だよね。

入院をされる病院の規模に応じて販売をされているラインナップに違いもあります。親族サイドで、何を用意した方が良いんだろう?と考えている方は、普通に病院に相談をするのがベストです。当院で用意を出来るもの、隣接あるいは敷地内で用意を出来るもの、出来ない物。などがはっきりとすると思います。

周りに用意をしてくれる人がいたら、用意をしておいた方が良いよ!と言う物

今回は盲腸の手術でしたが、レベルによりますが穴を三つ。ヘソとヘソの左と下の三箇所に穴を開ける程度になります。

そのお陰で体力的には、そこまで落ちないのですが、やはり入院期間中は、あまりウンチが出ません。ちょうど良いサイズのズボンを着用していた場合、はっきりと言えば、痛いです。なので、ワンサイズ上のズボンを用意しておいて上げるのが良いと思います。

私自身も、退院後は、1週間位は緩めのズボンを身につけたいと思いましたので、ユニクロでステテコを買いにいきたい気持ちで一杯です。

一人暮らしの場合には、盲腸に限らずですが、上にも書いているように、使わないカバンがあれば、そこに二日分程度の下着とかシャツやジャージみたいなのを入れておいて、玄関先にポンと置いておくのが良いですね。これは保存食レベルに、分かっているけれど難しい。と言う話になりますが、用意をしておけば、自宅で倒れる分には、随分と楽になると思います。

術後1週間位が経過をするか、検診日が10日後になりますので、そこを超えたり、保険の申請が終わったり、きちんと振り込まれたら、またこちらのページは一部加筆修正をしていきたいと思います。

トータル的に振り返ってみて

普段は足の小指を机の角にぶつけただけで、もう俺の人生終わった!死ぬんや!と絶叫を上げるのですが、いざ、一線を超えたヤバさに直面をすると、至ってクールにある程度は出来ました。救急車が来る前にも、持病持ちであれば常識かもしれませんが、お薬手帳を持って、後は財布と携帯さえあれば、なんとかならーな!と言う気持ちで準備を出来ました。

医者から虫垂炎。いゆわる盲腸です。と言われた時には、単行本未収録のロボトミー手術の回も読んでいる程のブラックジャック好きとしては、脳内であっぺか!とブラックジャックの顔と一緒にフレーズが出てきたのですが、取りあえず終始、この位で死ぬ事はねーな。と思いながら過ごしてはいました。それでも、寒いし痛かったので、その辺りも、もっと何とかして貰えるものなのかな?と漠然と考えていたのですが、世の中はそうではないみたいですね。

程度の問題もあると思いますし、今回のケースでは終始、胃の場所が痛かったです。一般的には胃から始まって、徐々に盲腸の場所に痛みが移っていくみたいなので、状態としては初期状態だったらしいのですが、その辺りは個人差があるでしょう。いきなり盲腸に痛みが移って、1時間したら破裂とかね。

そもそもの原因としては盲腸に結石が二つ入って塞ぐ形になっている。と言う話でして、それが痛みとしては、一般的にどの程度かは不明なのですが、痛かったですよ。点滴の痛み止めを3つやっても痛みが取れないレベルでした。

術後10日後に検診がありますが、大丈夫でしょう。取りあえず姿勢によっては、軽くソフトボールを盲腸の場所に当てられた。と言う程度の痛みを痛み止めを飲んでも感じるのですが、一般的な事務作業をしている人であれば、職場復帰可能な程度の痛みだとは思います。

ただし、鳶職などの現場で働いている方であれば、一瞬の痛みで姿勢を崩したり、集中力が途切れる可能性もあると思いますので、そうした仕事をしている方であれば、1週間程度は退院した後も仕事は休んだ方が良いと思います。もちろん、痛みの度合いは個人差がありますけどね。

手術の時にも、かなり疲労感がありましたが、意識もありましたので、ワンチャンあるかな?と思いましたね。先生についでに、棒ちゃんの、その余っている。と言うか、余分にある。と言うか、恥ずかしがっていると言うか、ちょっとシャシャと。。とダメ元で言おうかな?とチラリと考えていたのですが、流石に無理でした。だって、は?とか言われたら、死ぬほどはずかしいじゃないですか?

今回の手術の件では、自分の中で一番ショックだったのは、結石が体内で作られる年齢になりました。と言う事が判明をした事ですね。一番病気の類で痛い。と言われている尿路結石へのエリートコースまっしぐらの予感しかこないです。

結石がどれ位で作られるものか?素人なので分からないのですが、現在では大体の病気は尿検査と血液検査で判明をする。と言う話も聞いていて、どちらもある程度は定期的に受けていて、問題はない。と言う話を聞いていたので、ちょっと油断をしていましたね。結石については、どちらの検査でも出て来ないんでしょうね。血液検査なんて、一ヶ月ぐらい前に受けていて、問題ない。と聞いていましたからね。

ちくしょう!結石かー。。よりよって二つも作られていたなんて、ちょっとショックでしたわ。

補足:車屋さん

何か兄ちゃん(手越祐也くんの事)が脱退するとかで会見とかをしているのをみて、俺の忍者はどこに行ったの?と藤子不二雄の曲を聞きながら、ふと思ったのですが、

収録曲は、それぞれ美空ひばりが1961年に発表した楽曲「車屋さん」、笠置シズ子が1948年に発表した楽曲「ヘイヘイ・ブギー」をモチーフに制作された。
タイトル曲は テレビ朝日系アニメ『21エモン』オープニングテーマだが、2020年現在、コロムビアのアニメ主題歌を集めた一連のCDには一切収録されておらず、当CDか忍者のアルバム「DO OUR BEST」、2018年にキングレコードから発売された『アニソン録 プラス。』[1]でしか拝聴できない。

引用:おーい!車屋さん

幻と化しているみたいです。驚いたね。当時は小学生だったので記憶にもないのですが、忍者解散も大々的にやってたの?

凄いよね。忍者と言うグループなのに、何の躍動感もないパッケージ。

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    ちょっと高い飲食店のおばちゃんに、「あたなは大器晩成。50過ぎてから成功する!」と言われました。だから、今は凄く頑張ってもロックが掛かっていて、そのせいで、突き抜けられない。と自分に言い聞かせています。写真はジャワ原人ですが、目が二つで、耳があって口があるので、大体こんな感じです。笑うとオダギリジョーに少し似ていると言われました。イケメン説が浮上しています。