江戸東京博物館見学記

常設展示

初めて江戸東京博物館を訪ねた。両国の国技館の隣にある。高床式の倉をイメージした

地下1階、地上7階の大きな建物で直ぐに目につきます<写真1>。

江戸東京博物館の外観

江戸東京博物館の外観

館内は大きく分けて『常設展示室(5階、6階』と『特別展示室(1階)』の二つあり、館内スペースの大部分は常設展示室である。私が訪問した時は5階の常設展示室の一部で

“徳川将軍家の婚礼”という企画展示も行っていた。

さて先ずは常設展の見学です。私達は10数人のグループで訪問したので7~8人を1グループとしてそれぞれにボランティアガイドさんが付いてくれた。事前に予約することも可能で、勿論、無料です。ガイドさんによると常設展示の70%程度が江戸ゾーンで残り30%が東京ゾーンとのこと。江戸ゾーンの説明だけで丁寧に案内すると1時間半は必要とのことでした。私達は時間の制限もあり東京ゾーンも含めて1時間半でお願いしました。

江戸ゾーンに入った途端、目の前に実物大の日本橋が現れます
<下の写真の右側>。

実物大の日本橋

実物大の日本橋

江戸から何里と言う当時の距離に起点になったことはご承知の通りです。日本橋を渡って江戸時代にタイムスリップです。最初に3代将軍・徳川家光の治世である寛永年間の60間四方(3,600坪)の街並みを再現した町人地の復元模型が日本橋を渡った右側に、数万石クラスの大名屋敷の復元模型が左手にあります。敷地面積は同じだそうで、町人家屋がぎっしり軒を連ねているのに対し、大名屋敷は中央に広い庭園を配置し、端に家来の長屋を配したゆったりした作りで好対照です。この60間四方が一つの町でよく江戸八百八町と言いますが、江戸には多くの町があったと言う意味の慣用語で、実際にはこの当時(寛永年間)は300町程あったようです。

町中には数本の広い通りがあり、通りに面して商家や地主、富裕な町人家が並び、裏手には庶民が住んでいて、これが裏店(うらだな)、裏長屋と言うことが良く理解できます。

又、この中央通りの両端には木戸があり木戸番の小屋がありました。夜10時頃になると木戸が閉じられて町内の安全を保っていたのです。

一方の大名屋敷は豪壮な表門を中心に外周をうろこ塀で囲んだ屋敷で、参勤交代で江戸に滞在中の藩主と家族の住まいであると同時に政治・外交・経済の中心でした。面白いことに大名屋敷には何人の人々が住んでいるのか全く不明だったようです。武家は軍ですからその規模は極秘事項ですし、又参勤交代などにより常に人数は変動していたようです。

常設展示場のどこかのコーナーに江戸時代の人口推移が表示されていましたが、享保の頃で約50万人とあります。しかしこの人口は町人人口で武士は含まれていないとのこと。成程!!

又、大名屋敷(武家屋敷)は前後左右を各藩の屋敷で囲まれて街区を構成していましたが、通りに名称が無かったというのも興味ある話ですね。テレビの時代劇でも確かに大名屋敷の場所を特定する時は○○様のお屋敷と△△様の間を南に進み・・・等と言う表現ですね。

江戸東京博物館の地図1江戸東京博物館の地図2
江戸ソーンの入り口で長々と書いてしまいましたが、次にこの町割りのコーナーが展示されている6階から、5階へエスカレーターで下がりましょう。町の暮らし、江戸の商業、文化都市としての江戸など、当時の歴史や文化、生活が良く理解できます。

中でも江戸の一部には上水道が完備していたとは新しい発見でした。時代劇で見かける長屋の井戸端の井戸と外観では分かりませんが、実は井戸と思しき丸い井戸状の底には板が張ってあり、地下の部分に竹の配管を通して浄化した上水道を流していました。雑談ですが、浄化しても江戸の水はまずいと言われ、江戸産の日本酒は評判が悪く、灘や伏見などの上方の酒にかなわなかった様です。上水道の話しが出たついでに下の話し。この時代の町人のトイレは勿論、共同便所です。この共同便所、戸が全面ドアではなく上部が空いており、用足しの時に頭が見える高さです。江戸時代だって若い娘さんがいたわけで、平気だったのでしょうかね。これらの共同で利用するトイレ、ごみ集積所、井戸などの清掃は前段で述べた裏店に住む住人達の役割でした。これらの役務を担当する代わりに町の運営に関する役目から一切解放されていたのです。この役目は表店に住む住民の担当です。しかしごみの集積所の清掃など今も変わっていませんね。

最後にこの時代、武士や町人の身分に関係なく江戸の人々の最大の娯楽であった芝居小屋・中村座を見終わると、次は東京ゾーンです。

東京ソーンは明治の文明開化からスタートし、明治新政府による「富国強兵」「殖産興業」政策のもと、著しく発展していった産業、そして関東大震災や東京空襲を経て復興した力強い首都・東京の経緯が分かり易く展示さてれています。私達がある程度身近に知っていることや、経験したこともあり、江戸ゾーンに比べると関心度は低いとは思いますが、江戸との対比で見てみるとその違いの大きさに驚くばかりです。

以上、常設展示を結局2時間ほどかけて見学した後、この日は特別展示『戦国時代展』が開催されていたので、一旦博物館を出て近くでちゃんこ鍋の昼食です。とても旨かったので満腹になり又、博物館に戻った次第です。常設展示の観覧料は600円、特別展示の観覧料は1,350円ですが、両方の展示の共通券は1,560円で割安になっていました。

徳川将軍家の婚礼

徳川将軍家の婚礼

徳川将軍家の婚礼

特別展示へ行く前に、たまたま常設展示室の中の企画展示“徳川将軍家の婚礼”展示で学芸員によるミニ説明会があるとのアナウンスがあり、早速参加した。

徳川将軍家の婚礼で何といっても有名なのは、仁孝天皇(にんこうてんのう)の第8皇女として生まれた和宮が公武合体の象徴として14代将軍・家茂に降嫁したことです。もう一人、薩摩の島津家に養女に入り13代将軍・家定に嫁いだ篤姫は2008年NHKの大河ドラマで放映されたので良く知られていますね。主としてこのお二人の婚礼道具や化粧道具が公開されていました。京都から江戸までの婚礼行列の図や模型も興味あるものでした。

ところで将軍家の婚礼に関して質問:

将軍家は勿論、大名家も跡継ぎの誕生はお家の一大事です。その為に正室・側室の制度があったことはご存知でしょう。徳川将軍家で正室から生まれた将軍は何人いるでしょうか?・・・・・

たったの一人です。3代将軍の家光のみが正室の子です。他の14人の将軍は全て側室から生まれた将軍だなんて、小さな驚きですね。

【特別展示:戦国時代展】

戦国時代展のポスター1戦国時代展のポスター2

こちらの方の入館料が高いだけあって見どころ豊富でした。昨年(平成28年)11月23日から今年の1月29日までの開催でしたから現在は開催していませんが、又開催されるのを期待しています。

さて、展示内容ですが表題の“戦国時代展”の通り15世紀後半の太田道灌の各書状からはじまり、武田信玄・上杉謙信・織田信長・毛利元就・北条一族・豊臣秀等の戦国大名がそれぞれの領国や地域でもたらした絵画・書状・工芸品を経て、徳川2代将軍・秀忠の時代から始まった【武家諸法度】まで、見どころ満載でした。

勿論、全ての展示内容をご紹介できないので、特に私が関心を抱いた品々について簡単に説明してみたいと思います。

刀剣類は大人気で展示場所には整列の為のガイドロープが張られているほどでした。何と言っても注目は【五虎退】と号される短刀で、銘 吉光とあり、織田信長が有名な一条谷城の戦いで朝倉義景を滅ぼした際に手に入れた名刀との伝えがあります。又、上杉謙信の遺品として太刀【伝則包】も見落とせない逸品でした。何れも重要文化財です。

重要文化財という言葉が出たついでにこの文化財と言う視点から見るとこの特別展で国宝の多いのには驚きました。上杉家文書は殆どが国宝です。本来は米沢市上杉博物館に所蔵されている文書で【後奈良天皇綸旨】【後奈良天皇女房奉書】など天皇家から下された文書、上杉景虎をはじめとする上杉・長尾一族内での書状、北条氏綱・今川氏康・武田晴信・織田信長など名立たる戦国大名との書状、一通一通が全て国宝でした。

次に戦国と言ったら必需品の甲冑ですが、思ったより展示品は少なく、今回の戦国時代展の主眼が歴史的資料や美術工芸品にあることが分かります。室町時代に作られた黒色一色の具足は秋田市立佐竹資料館の所蔵ですから、東北の雄藩だった佐竹家の当主の甲冑だったのでしょうか。

歴史的美術品の代表格は屏風です。【川中島合戦図屏風】や【姉川合戦図屏風】は良く地方の博物館や美術館で見る機会がありますが、沢山作られたのでしょうね。この屏風絵に描かれた武将を探すのも楽しみですよね。川中島合戦図屏風の馬上の上杉謙信が同じく馬上の武田信玄を横合いから刀で打ち掛け、信玄が鉄扇で受け止めるの図は誰でも知っているところです。【北野天神縁起絵巻】も展示されていました。でもこれもいくつかあるようで今回の展示品は国宝の絵巻ではなかった様です。

最後に歴史の授業で習った【武家諸法度】が展示されていました。ご承知の様に徳川秀忠の時代に大名・旗本など武家を対象に諸規則を発布したのが最初ですが、その後、家光の時代に参勤交代の制度などを追加し、6代将軍の家宣まで改訂・追記が加えられました。

展示品は3代将軍家光の時代に林羅山が起草した19条からなる寛永令と言われるものです。これは江戸東京博物館が所蔵しています。この博物館もかなり貴重な財産を所持しているので見直しました。
以上、最低でも3時間程は時間を取ってジックリ見てみたい博物館でした。

戦国時代展の開催について

江戸東京博物館での開催はすでに終了をしておりますが、2017年2月25日(土)~4月16日(日)まで、京都府京都文化博物館で開催をしています。その後、2017年4月29日(土・祝)~6月18日(日)までの期間は米沢市上杉博物館で開催をされます。興味のある方は、リンク先の博物館のホームページ内、もしくは下に掲載をしている戦国時代展のリンク先を参考にしてみて下さい。

江戸東京博物館の関連動画

江戸東京博物館の公式動画

戦国時代展、特別動画

序章「時代の転換」、第1章「合戦 静寂と喧騒」

第2章「群雄 駆け抜けた人々」

第3章「権威 至宝への憧れ」

第4章「列島 往来する人と物」、終章「新たなる秩序」

江戸東京博物館の地図

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ちょっと高い飲食店のおばちゃんに、「あたなは大器晩成。50過ぎてから成功する!」と言われました。だから、今は凄く頑張ってもロックが掛かっていて、そのせいで、突き抜けられない。と自分に言い聞かせています。写真はジャワ原人ですが、目が二つで、耳があって口があるので、大体こんな感じです。笑うとオダギリジョーに少し似ていると言われました。イケメン説が浮上しています。