
弁天沼(鳴かずの池)の案内板
弁天沼の雰囲気

弁天沼(鳴かずの池)と橋

弁天沼(鳴かずの池)

弁天沼(鳴かずの池)にある祠

弁天沼(鳴かずの池)にある弁天様
→埼玉県東松山市岩殿の弁天沼(鳴かずの池)
→弁天沼(鳴かずの池) 埼玉県東松山市岩殿
→弁天沼(埼玉県東松山)
→鳴かずの池
→2 鳴かずの池(弁天沼)
もどかしい気持ちになりますね。歴史に詳しい人の場合には、オリジナルドメインではなく、無料ブログで使われている事が多くて、オリジナルドメインでデザイン力が高いブログの場合には、歴史的にそこまで詳しい人ではないケースが多いのかな?と思いますので、その辺りにもどかしさを感じます。
東松山市の指定文化財の石塔婆

石塔婆の案内

昔からあるだろう像

真ん中にあるのが石塔婆
伝説を考える
ポニョ如きが竜を退治するのは無理だろうし、そもそも竜はファンタジーになる訳ですが、日本の場合には、中国大陸から戦いに負けて逃げてきた人も多い訳ですし、坂上田村麻呂については当時の征夷大将軍で、天皇に従わない勢力を潰す役割も担っていたと思いますので、要するに当時の朝廷に従わないで、勝手に俺様が皇帝な!と名乗っていた勢力がまだ残っていたのではないでしょうか?
竜=皇帝みたいな認識を当時の支配層は持っていたと思います。この辺りは中国文化の影響ですかね。だから、中国の役人とかの服装とかに竜が描かれているのは多いのですが、皇帝が着ている服に描かれている竜は、それ以外の人が着ている服にある竜よりも爪が多いとか、そんなのがあったと思います。
悪竜ってのは、従わないよーん。としている勢力がこの辺り、当時あって、踏み潰されたのではないでしょうか?何もかくたる根拠もなく、個人的な妄想になりますが、伝説が多少本当であれば、そこまで間違っていない気もあります。
羽賀研二以来、まだ征夷大将軍が現れておりませんので、次なる征夷大将軍での登場が待たれますね。それにしても羽賀研二も大した男で、芸能界で一族で上位ポジションを取っていた梅宮家を相手に、あそこまで暴れ回った訳ですからね。大した男ですな。
取りあえず、ドラマでも大事なシーンで登場をしているエリアになりますが、その辺りについては以下のページを見て頂ければと思います。
その外、近いので興味がある方は行ってみて下さい。
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