幻のクーデターを追いかけて

幻のクーデター―二・二六事件前史
幻のクーデター―二・二六事件前史

ひょんな事から、こんな書籍を教えて貰いましてね。こりゃ大変だ!と言う事で読みました。

二・二六事件については、全く知らないし、そもそも聞いた事がない。と言うレベルの場合には、もうあれです。義務教育からやり直してきて頂ければと思います。

ザックリと言うと

本書の内容としては、二・二六事件の首謀者の一人となる、栗原安秀の組織に入っていた、熊谷支部の吉田豊隆が本部の命令を無視して立憲政友会の鈴木喜三郎総裁を決起して暗殺をしよう。とする話になります。もちろん、事実の話になります。

この事件は未然に防ぐ事が出来たのですが、この事件の事を救国埼玉青年挺身隊事件と呼ばれています。

その時の捜査をしたのが、特高の村松庚子男さんであり、主に著者である猪又明正さんが、村松庚子男さんが当時のメモなどを元に書かれたのが、上で紹介をしている『幻のクーデター―二・二六事件前史』になります。

この救国埼玉青年挺身隊事件では、軍部との軋轢を恐れた特高が栗原安秀の逮捕まで行かないまでも、分かっているんだぞ。と言うプレッシャーを与える事によって、二・二六事件が本来予定をされていたよりも、遅く決行をされたのではないか?と思われています。

言いましても、当たり前の話、大分前と言いますか、生きている人は、ほぼいないでしょう?と言う状態になりますし、熊谷についても熊谷大空襲で焼けてしまったので、建物自体もない事は分かっていたのですが、それでも当時の吉田豊隆さんが辿った道を追いかけてみたい。と言う気持ちで、熊谷を練り歩いてきました。

頼りは書籍にあった割と昔の地図のみ

幻のクーデター―二・二六事件前史に掲載をされていた地図
幻のクーデター―二・二六事件前史に掲載をされていた地図

書籍の中にあった、この地図だよね。言っても大分前の地図で大まかな道は共通をしていますが、ちょっとやっぱり今と違う部分もありました。本書の中では、吉田豊隆さんの自宅があった場所の住所もバッチリと記載をされています。実際に行ってみたのですが、書籍を作成した当時は吉田さんの家業がまだされていたみたいなのですが、もう辞めてしまっていたので、写真とか、そうしたのは無しです。

吉田豊隆さんの家からアジトまで練り歩く。意外と面倒くさい。アジトまで行ったら、今度は良く飲みに行っていたらしい、カフェーウララとカフェーマリヤまで行ってみたりとしたのですが、なにぶん、大枠の地図は分かるのですが、本当にここであってるの?と言う疑問が付きまとう訳です。

そこで吾輩、思い出した。
コロッケが最高に美味いお店のじっちゃんが、熊谷一筋なナイス高齢者である事を。

じっちゃんのお陰で場所がハッキリと判明

ここに辿り着くまでに、それなりにも聞いていたんですよ。中の地図を見て貰ったり、本の表紙を見て貰ったりですね。もちろん、誰も分からない状態でした。でも、最高に美味いコロッケを作ってくれている、じっちゃんなら!と思いましてね、じっちゃんに聞いてきたんですよ。

じっちゃん、昔の話で聞きたい事があるん。この本の事なんだけれど。と本を取り出して表紙を見せたらですね、じっちゃ言うの。

あー、知ってる。俺の友達の母親が事件に少し関係していてねー。でも、その人も今は東京に云々。

と言う事で、きーたー!

と言う事で、じっちゃんに、アジトとなっていた、大黒屋を始めて、跡地を見てみたい場所に、今は何がありますか?と言う事を聞いてきました。

カフェマリヤは歯医者さん

カフェマリヤは歯医者さん
カフェマリヤは、今は歯医者さん

と言う事で、熊谷駅前在住の方であれば、ご存知の方も多いのではないでしょうか?具体的なお店の名前は出しませんが、今は歯医者さんとなってます。

ウララはどこや?

ウララは書籍の中では、1999年出版当時では、うららと名前を変えて営業をしている。と書かれています。

ここでね、釈放をされた後の吉田豊隆さんが、晩年になって後を継いだ当主と吉田豊隆さんが飲んでね。それまでお互いにちょっと敬遠をしていた気持ちの上でも晴れる。と言う、ちょっと感動のシーンが書籍には書かれているんですよね。

要するに、良く根城にして、吉田豊隆さんが仲間とブイブイと話をしていたから、ちくったのはマリヤの人と言う噂になってしまったりしていたんですね。マリヤの人はちくっていないし、それは吉田豊隆さんも分かっているんだけれども、吉田豊隆さんとしては、マリヤに対して変な噂を立てられるような形になってしまって、申し訳ない。と言う気持ちになっていたんでしょうね。

で、場所を教えてくれた、じっちゃんが、今でもやってる。と言うので、おお!と思ったのですが、ない。どこを探してもない。明らかにここじゃね?と言う場所には民家があって、そこのオジサンがちょうど、表に出ていたので、ウララってご存知ないですか?と質問をしたのですが、分からん。と言われちゃいました。

近くのそれなりの老舗のおっちゃんにも聞いたのですが、あれ、ウララって、あっちだと思うよ。と星川を挟んだ逆サイドを言われました。

誰か知っている人がいたら、教えて。ウララ→うらら→麗?になっているのかもしれません。麗の看板だったら、みた記憶があるのですが。。また宿題だな。

大黒屋は現在は教会

大黒屋は現在は教会

最初のアジトとして登場をするのが、大黒屋になります。ウララもマリヤも近い場所ですね。商売をやっていたお店になるのですが、最初に聞いて話よりも、長く滞在をする事になったので、お互いに気まずい空気になって、アジトの場所は変更となります。

アジト細井常蔵方は現在はロイヤルホテルすずき

ロイヤルホテルすずきは現在は別館もありますが、元々の本館の方でしょうね。断言は出来ないのですが、場所的に、ほぼほぼ、ここで合っていると思います。

この、アジトが、最後に特高が襲撃をして吉田豊隆を始め、関係者全員が逮捕をされた場面の場所となります。正確に言えば、残りの関係者が、他にも3人いますが、一人は柳花町で捕縛。もう一人は家で久しぶりに帰って、嫁にネチネチと言われていたであろうから、げんなりして、頑張って寝ていたら、起きたら逮捕。
もう一人は肥塚の愛人の家にいる所を逮捕。皆、自由だよね。

今のイオンモールから出発だ!

本書は概ね熊谷を舞台にしている作品となりますので、読んでいて、あそこの事かな?と今でも分かる場所があったりしますね。今は隣に記念館となりましたが、片倉製紙石原工場があった場所。あそこは今はイオンになっているんですよね。

そこに夜中に警察が集合。ついに明日、吉田豊隆一味が川越に赴き、武装をした状態で立憲政友会の鈴木喜三郎総裁の暗殺を実行にうつす!これを未然に防ぐ為にアジトを突撃だ!となったのですが、集合場所が、この現在はイオンで当時は片倉製紙石原工場でした。

意外と距離があるよね。当時は車もなくはないけれど、今みたいにある訳ではないので、特高と警察が歩いて現場まで行ったんですよね。相手は猟銃を持っているは、刀や鎌を持ってる状態で警察は棍棒のみ。犠牲者を出さない為にも、寝ている状態。もっと言えば、貨物列車が通過をして、振動が起きている状態に踏み込んでいます。

何故?明日とか、具体的な武装内容を特高が知っていたか?それは本書に書かれていますが、内通者がいたんですよね。内通者についてはお互いに墓場まで持っていった状態となり、誰かは分かりません。

こうして、吉田豊隆一味は逮捕をされて、それを知った後の二・二六事件の主犯の一人となる、栗原安秀も聞き取り調査を受けて、あの馬鹿どもが!と怒っていたそうな。

なお、川越にやってくる、立憲政友会の鈴木喜三郎総裁を暗殺する為の下見として、熊谷ー松山間のバスで移動をして、松山駅から、現在の東武東上線を使って、川越まで移動をしているくだりがあります。当時から、熊谷ー松山間のバスがあった事も驚きですが、どこを通過していたのでしょうね?

そして二・二六事件が発生

首謀者、吉田豊隆。懲役2年。と言う意外と軽いな?おい?と思える判決だったのですが、無事に途中で恩赦で釈放。そして2月25日に3通の電報を受け取っています。

しかし、浦和の親類の家に寄ったさいに、祖母危篤。と言う、まー、親がやべー空気を感じて、連れ戻す為についた嘘情報になるのですが、それを受けて熊谷に帰宅。ラジオで二・二六事件の事を知り、しまった!と言ったみたいです。牧野伸顕の暗殺が、吉田豊隆に課されていた役割だったみたいです。

惜しい事をしたね。麻生太郎を消せてかもしれなかったですね。(牧野伸顕の曾孫が麻生太郎)

そして、二・二六事件が発生。

ロングバージョン 二・二六事件 傍受された通話音声
226事件 兵に告ぐ全文 ノイズ除去版

のちに、救国埼玉青年挺身隊事件と呼ばれる事件を担当した、特高の村松庚子男さんも、二・二六事件の事を聞いて、栗原安秀を逮捕しておけば防げたのではないか?と後悔をしたみたいです。軍部との軋轢を恐れて、事情聴取だけで終わらせたんですよね。

やり方が乱暴であれ、こうして青年将校を含めた、世の中が間違っていすぎるので、暴力を持ってしても、正さにゃーならん!と言う熱い情熱は叩き潰された訳ですね。

熊谷の昔の写真を見てみよう!

ウララやマリヤを始め、どうしても作中で登場をしている建物が見たくて、熊谷の図書館で3時間ぐらい粘りましたが、ありませんでした。花街についても写真が掲載をされていないかな?と思っていたのですが、ちょっとありましたね。でも、作中でも登場をしている、熊谷の堤防の所にもあったり、じっちゃんに話を聞いたら、石原町にもあったり、話を聞いた限りでは、花街だらけでした。花街って、買春をしている場所の事です。一応は違う建前になっているのですが、それ以外に用事がないでしょう?と言うエリアです。

でも、実際に歩いてみて、こうして写真もみて、距離感も分かりましたし、当時の大まかな様子であったり、知らなかった事も知れて良かったですね。駅前に凱旋門があったんだよ?知っていました?あと、ニットーモールだけれど、日東製粉工場があったのが名前の由来にもなっているみたいですね。

あと、上でも紹介をしている書籍の中に掲載をされていた地図ですが、電気館とあったので、ずっと電気屋さんだと思っていたら、映画館の事だったんですね。東宝専属の映画館って、昔あった富士見映画館と関係があるのかな?あそこは東映か?

吉田豊隆さんの墓を訪ねました

今も家族の方が丁寧に掃除をしているみたいです。お花が備えられていました。色々と勉強をさせて頂く機会を作って頂き、ありがとうございました。

僕に出来るのは、ここまで。うっかりと見た人の中で一人でも良いから、本を実際に読んでみて、実際に現場を色々と回って欲しいですね。勿論、全然違った見方で良いです。とにかく語りついでいこう。知っている人が、本当にいなくなるぞ。

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ちょっと高い飲食店のおばちゃんに、「あたなは大器晩成。50過ぎてから成功する!」と言われました。だから、今は凄く頑張ってもロックが掛かっていて、そのせいで、突き抜けられない。と自分に言い聞かせています。写真はジャワ原人ですが、目が二つで、耳があって口があるので、大体こんな感じです。笑うとオダギリジョーに少し似ていると言われました。イケメン説が浮上しています。